東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4531号 判決
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〔判決理由〕<証拠>によれば、原告は事故前啓明塾において一週四三クラスのうち二三クラスを担当し、小、中学生に教え、又は個人教授、教育相談をしていたところ、本件事故により昭和四二年九月より昭和四三年一月頃まで臨時講師事務代行者等として請求原因第四項(二)(ロ)(a)(b)のとおり胡谷和伸他一〇名を雇い、胡谷和伸に一八、七五〇円、吉川正司に九、五〇〇円、城倉恒雄に一八、〇〇〇円、宮崎俊弥に二〇、七五〇円、関口賢一に一一、二五〇円、森川弘に四〇、二五〇円、安倍謙に二七、二五〇円、鈴木幸夫に四三、二五〇円、市川賢治に三九、七〇〇円、河合博子に一六、五〇〇円、工藤国雄に二、七〇〇円、藤沢幸哉に二、四〇〇円、井上正允に一五、五〇〇円、小松雪玄に三、七五〇円、熊谷春雄に一一、〇〇〇円、小西昭に三、〇一五円、滝沢寛海に三、五〇〇円、岡島達雄に一五、九〇〇円、伊藤喜一郎に四八、〇〇〇円、笹田文枝に一九、〇〇〇円、本田勝に一八三、〇〇〇円を支払つたこと、右合計五五二、九六五円となり、以上は本件事故と相当因果関係が認められる。以上の他に原告の請求する代行講師に支給した交通費夜食、慰労費、事務連絡費は本件事故と相当因果関係は認めることができない。
(三) <証拠>によれば、原告の経営する啓明塾は昭和四二年一月より中川ビルに移転し従前より規模を拡大してきたものであるところ、原告は本件事故により前認定の入院通院治療のため啓明塾の仕事を休業し、あるいは出勤しても十分な仕事ができなかつたことが認められ、前認定の入院通院の期間等の諸事情に照らし本件事故により啓明塾の収益に相当性の見地から影響のあつたと認められる期間は昭和四二年九月九日より昭和四三年一月末までの間と認める。そして前掲証拠により、この期間についての減収を検討するとき、昭和四二年四月より九月までの六ケ月につき一般クラスよりの月謝は四月三六六、〇〇〇円、五月三九四、四〇〇円、六月四一五、九〇〇円、七月四一三、二〇〇円、八月四一〇、七〇〇円、九月四六一、二〇〇円で、一ケ月平均約四一〇、二〇〇円であり、同四月より九月までの個人教授、進学相談学校紹介などの謝金は四月二六、〇〇〇円、五月一二、五〇〇円、六月五、〇〇〇円、七月一一、〇〇〇円、八月一六、〇〇〇円、九月一、〇〇〇円で、一月平均約一一、九〇〇円で、小六グループは同年八月開設され八月、九月とも一六、〇〇〇円、入会金収入は特にないと思われる四、五月は比較の対象とできないので六月七、五〇〇円、七月一〇、五〇〇円、八月一二、〇〇〇円、九月二一、〇〇〇円で一ケ月平均約一二、七〇〇円であつたこと、事故後の収益は一般クラスで一〇月三七一、〇〇〇円、一一月三九〇、八〇〇円、一二月三七五、一〇〇円、一月三七〇、五〇〇円で一月平均三七六、八〇〇円となり個人教授、進学相談は昭和四三年一月に三、〇〇〇円となつた他は全くなく、小六グループは代理講師不能で廃止となり、入会金は一〇月はなく、一一月四、五〇〇円、一二月六、〇〇〇円、四五年一月一二、〇〇〇円で一ケ月平均五、六〇〇円となつたことが認められ、これにより事故より昭和四三年一月末までの減収を算出すれば一般クラスの減収一ケ月三三、四〇〇円の四ケ月分の一三三、六〇〇円、小六グループ一ケ月一六、〇〇〇円の四ケ月分六四、〇〇〇円、個人教授進学相談等の減収四ケ月分四四、六〇〇円入会金減少四ケ月分二八、四〇〇円となる。以上の合計は二七〇、六〇〇円となる。(荒井真治)